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アキは自分の正面にある鏡に気付いてしまった。そして、昔の男にもこうして鏡の前でされたことを思い出し、カァっと全身を赤く染める。
「…アキ?」
「なんでもない。なんでも…ない…よ」
「また何か…思い出してたんだね?」
「違う…」
「じゃあ何?」
「鏡が…。ここじゃ…嫌だ…」
ああ。と正司が振り向く。壁に貼られた姿見用の鏡には等身大のふたりが映っていて、その卑猥な光景に正司の動きがピタリと止まる。
「たまには…いいかな」
「嫌だっ…嫌っ」
「ウソだよ」
ひょいとアキを抱え上げ、寝室へと向かう。途中でまだ履いたままだったアキの靴を落とすように声をかけ、ぽと、ぽと、とスニーカーがリビングに転がった。
「あれ…?」
「おはようアキ。良く眠れた?」
「正司さん…今何時?」
「午後二時過ぎたところだよ。何か食べるかい?」
「うん…。俺そんなに寝ちゃってたんだ」
「やっぱり、昨夜足りなかったみたいだね。言ってくれたら良かったのに」
「そんなこと…」
「満足してなかったから、アイツの夢を見たんじゃないのかい?」
「う~。正司さんて、意外と根に持つタイプだったんだ」
「…知らなかった?」
「うん」
「僕はね元々他人に興味が無いんだ。でもなぜかキミのことになると気になってしょうがないのさ」
「俺だけ特別?」
「そう」
「なんか複雑」
「嫌かい?」
「うんん。…嬉しい」
「良かった」
そう言ってにっこり笑うと正司はキッチンへと姿を消した。アキはまだ身体に残る気だるさにベッドに横になったままだ。きっと食事が出来たら優しい恋人がベッドまで運んできてくれるだろう。そして、病人でもないのに丁寧に食べさせてくれるのだ。
すっかり甘え癖がついてしまった。とアキは布団を鼻まで引き上げながら思う。あの、非の打ちどころのない彼が自分だけに夢中なのだ。
こみあげる嬉しさにこそばゆさを我慢しながら、アキは愛しい恋人の帰りを待った。
おわり
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