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雨の記憶
目覚めたら、雨の気配に包まれていた。
恋人を起こさぬよう慎重にベッドから抜け出し、窓に歩み寄る。
――途中、椅子に掛けてあったシャツを素肌にまとい、薄日が差し込むカーテンをそっと開けてみた。
(やっぱり…)
高層マンションの窓から見下ろす都心の街並みが、たっぷりの水分に包まれていた。
雨はとめどなく落ちてきて、何もかもを濡らし、流れていく。
(………)
湿度を潤沢に含んだ雨の日特有の匂いが、窓の隙間から微かに漂っていた。
(………)
――傘をさして歩くひと。雨合羽を着てバイクを走らせているひと。ワイパーを動かしているくるま。テレビアンテナの上で濡れながら休んでいるカラス。水滴が滴るベランダのてすり。
(………なんだろう)
この――雨の日の気持ちって。
(……なんて、言うんだろう)
――絨毯の上をヒトが歩く音。夕べ脱いだバスローブを羽織る音。後ろから温かい手を腰にまわし、優しく抱きしめて頬にキスする音。
「こんなに冷たくなって、いつから外を見ていたんだい? アキ」
「つい、さっきだよ」
(正司さんはいつでもあたたかい…)
「何をみているのかな?」
「雨を」
「そう」
片手で僕の髪を撫で、こめかみと、耳元、そして頬にキスしながら、恋人はちょっと伸びたひげをこすりつける。
それは彼が自分のほうを向かせたいときの合図(サイン)。
だから、僕は首を回して少しだけ振り向いてみせる。
「………」
朝にしては、ちょっと濃厚なキスだった。
(誘ってるのかな?)
「まだ、雨を眺めるのかい?」
「うん…もうちょっと」
「そう」
彼がぴったりと体をくっつけて温めてくれる。
部屋の暖房を入れてくれるより、洋服を持ってきてくれるより、
――ずっと、嬉しい。
「俺ね、正司さん」
「うん?」
「雨の日が…好きなんだ」
「そう」
「でも。何で好きなのか…わからないんだよね」
「そうなの?」
「こうやって、部屋の中で過ごしてるとき、外が雨だと…なんだか気持ち良いんだ。…どうしてだと思う?」
「部屋の中にいるほうが、…感じやすいからね」
「なにを?」
「雨に包まれている感覚を。――アキはこうやって包まれるのが…好きだろう?」
そういって彼は僕を優しく包んだまま、ゆりかごのようにゆっくりと体を揺らしてくれた。
「………」
目を閉じて揺れながら、微かに聞こえてくる雨の気配を感じる。
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