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「アンタが悪いワケじゃねぇだろ。俺があんな恰好して、高いトコに上がったのが原因なんだから、そんな風に謝んなって!」
気がついたときに自分が着ていた、犬の着ぐるみ……どうして自分がそんな格好をしているか、全然ワケ分からなかったけど、傍に倒れていた脚立が、すべてを物語っていたんだ。
「こらっ、歩。周防先生に、何て口の聞き方してるの」
「いいんですよ、普段はきちんとしていますから。今は私に関する記憶がないせいで、こんな喋り方になっているだけです」
「お兄ちゃんっ、本当にすおー先生の記憶、なくなっちゃったの?」
妹の茜がベッドに近づいて、顔を覗き込むように訊ねてきた。その視線をやり過ごすべく、プイッと横を向いてやる。
「歩くんが検査中、画像を見せてもらったのですが、異常は見られませんでした。後頭部に出来たタンコブも、脳内で血腫になっていなかったですし、大丈夫です。頭を強打したために見られる、一時的な健忘症でしょうね。私以外のことは、しっかりと覚えているので、生活には支障がないと思います」
詳しくは脳外の先生からも、お話があるかと……と静かに言って、俺の顔に視線を飛ばしてきたすおー先生。
目が合った瞬間、胸の奥がぎゅっと絞られる感覚がした。
「そうですか。有り難うございます」
「頭を打っているので、念のため一日だけ入院になると思いますが、完全看護なので」
「分かりました、先生のお話を聞いてから帰ります。歩、何か必要なものはない?」
和やかに話し合う親たちを見ているだけで、何でか分からないけど、イライラするしかない自分。
――どうして大事なことを、忘れてしまったんだろう?
「別に何もないし。検査で疲れたから早く寝たい」
俺のセリフを聞き、みんなと一緒に出て行こうとする細い背中に、慌てて声をかけた。
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