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「この病院のすぐ近くにあるケーキ屋で働いてるの。preciousって知らない?」
「あー……何か、聞いたことあるかも。職場の女が旨いって言ってた」
……職場の女。
「そういえば楓くんって、何の仕事してるの?」
「……秘密」
「教えてくれたっていいじゃん」
月に何回か会って少しずつ話す内に、私はごく自然に敬語を崩すようになっていた。
何となく、少しだけ距離が近くなっているような錯覚を起こしかけていた。
「俺の仕事なんて聞いてどうすんだよ」
「……知りたいんだもん」
……あなたの事なら、何だって知りたいんです。
「別に聞いたって何も面白くねぇよ。普通の会社員。毎日パソコンに向かってデータ入力したり、営業に出向いたり。顧客と上司の機嫌取って過ごす毎日」
「……何か、夢がないね」
「社会に出るって、そういうもんだよ」
夢がない、なんて言ったけど。
将来の夢なんて、叶えられない人の方が当然多いことぐらいわかっている。
叶えたくても、叶えられない人がいる事も。
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