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どっちが先に酔い潰れたのか、よく分からない。
いや分からないってことは、私が先だったのかもしれない。
だけど終電の時間を教えに店主が近付いてきて辛うじて意識を取り戻した時、目の前の男は徳利を片手に握りしめたままテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。
別に、タクシーでも帰れない距離ではない。
けど、ただでさえ出費の嵩むウィンターシーズンだ。
出来れば無駄な出費は防ぎたい、つまり終電には乗りたい。
気持ちよく朦朧としながらもこういうことを考えられる辺り、多分私はまだ、ぎりぎり正気を保っていた。
「ちょっと起きてよ」
と、いくら揺すっても起きない男の耳元に口を近づけ、絶対に彼が反応するだろう言葉を囁く。
「てんちょう」
耳たぶに唇が触れるほどの距離だった。
意識しなくても甘い声が出たのは、その距離感で感じる彼の匂いが――お酒と煙草と汗が混じった、お世辞にも良い匂いとは言い難いソレが、たまらなくセクシーに感じたからだ。
男のフェロモンが滲み出ているうなじを、ついでにつ、と指でなぞった。
瞬間目を覚ました男は、凄い勢いで身を起こし。
その勢いのままに、徳利がテーブルの向こう側まで飛んで行った。
……空で良かった。
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