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「結局ソレで通すんだ?」
少しの沈黙の後、笑いながら彼はそう言った。
ホッとしているような残念がっているような、なんとも言えないニュアンスで。
抱き枕みたいに抱え込んで放さない男の腕の中で、私も頬ずりしたり悪戯に鎖骨を舐めたりした。
たまにふと思い出したような間隔で、男の手は私の身体を軽くまさぐった。
熱のこもった息や甘い声が、少しくらいは漏れたかもしれない。
けれどそれをひた隠し押し殺していたのも、お互い様の、バレバレの演技だった。
――それだけだ。
それ以上でも、以下でもなく。
だって最初に約束した。
『サークル内にセフレは作らない』と。
「聡史」と、ふと彼の名を呼んでみた。
その時だけ彼は、いやに焦点のはっきりした目を見開いた。
「覚えてたのか」
驚いた様子の男に、微笑む。
「って、呼んであげてもいいよ。『店長』でも、『鍵本さん』でもなく」
「何その言い方、なんか条件ありそうだな」
その『条件』を聞いてこようとしない男の腕の中で、私も心の内だけにとどめた。
――あなたがもし、私の名前を覚えていてくれたのなら。
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