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「―――」
それが、聞き間違いだったのかどうかは分からない。
彼は目を閉じていたし。
寝言だったのか、狸寝入りだったのかも。
名前を呼ばれた、気がした。
衝動的に唇を重ねた。
すぐに罪悪感に襲われて、彼の唇を拭おうと指を伸ばした。
誘うように小さく口が開いて、ぞくりと何かが背中を駆けた。
「ごめん」
彼は寝ていたのだと思う。
その隙に勝手にキスしたことも、謝罪の言葉も、きっと届いてはいない。
部屋中の、『私』の痕跡を全て消して。
彼が起きるのを待たずに、私はそのホテルから逃げ出した。
朝だ。
始発はとうに動いている。
刺す様な寒さと眩しすぎる陽射しが、余韻を全てかき消した。
甘い言葉も温もりも全部、クリスマスの夜の魔法と一緒――解けてしまったのだと。
滲んだ涙も凍り付きそうな空気だった。
克之の時には笑い飛ばせたのに、たった一晩で溺れた相手のためには、私は泣けるらしかった。
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