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当たり前に名前で呼ばれて、私も自然と『聡史』と呼べるようになった。
イベントの迎えの車では私が助手席に座れるようにルートを組んでくれていたし、ゲレンデでもずっと私のパーク遊びに付き合ってくれるし。
その内サークルのメンバーが『あの2人はデキてる』とはやし立てるようになっても、彼は別に否定しなかった。
嫌な顔もせずにただ意味深に笑って、『ご想像にお任せします』と答えるだけだ。
由紀ちゃんすらこっそり私に聞きにきたくらいだから、きっと職場で聡史は、彼女にもっと弄られているに違いないのに。
その内にいつの間にか、彼の『特別』になったような気になっていた。
他のサークルメンバーとは明らかに一線違う立ち位置だったから。
だけど、きっとすぐこの先に進展する日が来ると待っていたのに、それ以上の何かは起こらなかった。
その年のウィンターシーズンが終わる頃に、ようやく気が付いた。
彼は別に私を近くに置きたかったわけではなく、ただ由紀ちゃんと彼氏が寄り添っているところを間近で見なくて済むようにそうしていたのかもしれない、と。
その頃にはサークルメンバーも増えていて、イベントには大抵車2台分の人数が集まるようになっていた。
思えば由紀ちゃんが参加する時はいつも彼氏の車に乗っていて、聡史の車に同乗することはなかった。
ゲレンデで滑っている時もだ。
「――なんだ、そっか」
結局、思っていたのとは違う形で。
私は都合よく利用されただけなのかも知れない。
半年近く経った今でも、聡史は彼女をひきずっているのだきっと。
冷静になると同時に、心もすっと冷えた。
凍てつく空気は雪山なら爽快なのに、心の中だとキツい。
無防備に溺れたことを後悔して、聡史が中途半端な距離に近づいてきたことを恨んだ。
『あの夜』を、彼が掘り返したことなど一度もなかった。
私もずっと、あの日に触れずに来た。
2人とも酔っていたし。
2人とも、フラれたてで。
ちょっと勢いに任せて、身体を寄せて慰め合った。
ただそれだけなのだ。
そして私は、忘れたことに――なかったことに、するべきなのだ。
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