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聡史が勤めるスポーツ用品店のツテや企画で、安く行ける体験スキューバとかウェイクボードとかキャニオニングとか。
何かあるごとに誘いがかかった。
他のサークルメンバーや彼個人の交遊関係に声をかけている気配はなかった。
もしくは、その気配を見せないだけなのかもしれないけれど。
――彼が意図的に隠しているからか、私が気付けないだけかは分からないけど。
どちらにしても。
一度は打ち消したはずの期待がまたもたげ、忘れるつもりだった気持ちがより一層膨らむことになったのは当然の成り行きだ。
なのに。
『これってデートだよね?』
そんな簡単な一言はいつも、喉につかえて出てこない。
手すら繋がない、甘い言葉も空気もないのに。
友達以上恋人未満を地で行くような曖昧な関係は、『あの夜』によく似ていて。
事あるごとに思い起こしては1人で悶絶した。
後悔だったり羞恥だったり、ときめいたり悩んだり――時には、熱がこみ上げて来たり。
最早病気の域だと、自覚はしていた。
……ああ、そうか。
これが、世間様が『恋の病』って呼ぶやつなんだ。
決定的な出来事は、秋の気配が近付いた頃に起こった。
聡史が30の誕生日を迎えたその日を、例の赤暖簾で、2人だけで祝っていた時に。
「なあ。ついに恐れていたことが起きた」
「え、何? 大台に乗ったからって、別にそこまで気にすることないよ」
「いや……見合い話。みどり、彼女のふりしてくんね?」
――ねえ、この期に及んで『ふり』なの?
それは、私以外にそんなことを頼めるような女友達がいないだけ?
どう捉えるべきなのか、分からなかった。
所詮『ふり』止まりの女だと言われているとも受け取ることは出来る。
怒ってもいいところだったかもしれない。
『ふり』だけでいいの?
……『ふり』じゃないと、駄目なの?
問いただしたって、良かったのかもしれない。
だけどそれは私にとっては、決定的に浮かれるに十分な出来事だったんだ。
彼は『ふり』と言った。
なら今は、そういう『タイミング』なのだ……きっと、まだ。
そして、いつかは――。
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