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「ね。なんか今日、最初、不機嫌だった?」
「え……そう?」
「うん、お店向かってる間。無言で早足で仏頂面で、ちょっと怖かった」
「だってさ」
また、だ。
つまらなそうに視線を泳がせて、唇を尖らす。
三十路を迎えたいいオッサンのはずなのに、こういう仕草は少し子供っぽくて……
そういうとこも、好き。
とか、今さら過ぎて小っ恥ずかしくて、なかなか口になんか出せないけど。
沈黙が続いたけど、根気よく「だって」の続きを待った。
待つことにはもう慣れっこだし、その表情を間近で見つめる権利を正式に得た今では、不安のひとつも生まれてこない。
ついに諦めたような嘆息と共に、聡史があの不貞腐れたような態度の真相を晒して。
「もうずっと前から『今日』って決めて準備してたのに、お前のほうから誘ってくるんだもんな。俺がカッコ悪ぃだろ」
――それが不覚にも、あまりにも可愛くて。
……愛しくて。
「だってこのまま待ち続けたらおばあちゃんになっちゃうって……ちょっと、やだ。笑わせないでよ」
冬の街を彩る光が滲んで、雪も融けてしまいそうだ。
繋がれた手に幸せを噛みしめていたのに、不意にその手がするりと離れた。
あれ? と見上げた、聡史の瞳がいやに艶を帯びているのは、
「――焦らした分、燃えるだろ?」
「……ッ」
気のせい、じゃ、ない。
当然明日は休みを取ったんだろうな、と脅す様な口調で、にやりと目を細め、口角をあげる男は。
往来にも関わらず腰を引き寄せて、たまらない色気を放つこの男は。
本当に、1年も私を焦らし続けた聡史と同一人物なのか。
「……っに、その反応。やば」
そんなコト言われたって、ヤバいのはこっちの方で。
「帰さねえよ、今日」
1年前にも同じこと言われた気がするのに、含まれた意味は、全然違って。
「――好き、聡史」
思わず出た言葉ごと食べるみたいに、唇を塞がれた。
1年という時を経たから、知らず『正しい順番』に軌道修正されていた恋が。
急激に加速していく、二度目のクリスマス。
* fin *
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