第18話「らめぇ」

5/7
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/77ページ
「おほん。らめぇとは、駄目という言葉を、舌足らずに言った用法です。たとえば、手塚治虫の代表作『ブラック・ジャック』では、ピノコという女の子が、『愛してる』を『あいちてゆ』のように発音します。同じように、『らめぇ』は、『駄目』を意味する、舌足らずな言い方なのです」  完璧だ。「ブラック・ジャック」という真面目なマンガの用法を出すことによって、あくまでも表現の一つということで乗り切った! 「だいたい分かったけど、どうもネットで見たらめぇは、もう少し違う意図も入っていたような気がするんだけど」  ぐわあ~~~~! さすが、楓先輩。文脈を読む、読解力がおありです。しかし、そこまできっちりと解説するとなると、性的な意味合いを含んだ用法を解説するしかない。  僕は、机の横に突っ立っている鷹子さんの顔をちらりと見る。鷹子さんは、私は関係ないぞという感じで、顔を赤くして目を逸らしている。ええ~~、裏切る気ですか、鷹子さん! 僕一人で、楓先輩に告げなくてはならないのですか? 仕方がないですね、いいでしょう。僕は、あえてその難事業に挑みましょう。 「では、らめぇの用法を説明しましょう。まず前提は、自分の意に沿わぬ形で、性的な快感に酔いしれている女性が、抵抗や拒絶、自分の歓喜の心の否定などのために、駄目と言おうとしているという状況があります。  しかし、肉体が高揚し、意識が飛びかけているために、きちんとした音声を発生できない。そのために、まるで幼児が舌足らずに言葉を話すように、『駄目』を『らめぇ』としか言えない。それが『らめぇ』なのです。  また、そういった状況にある女性の台詞から敷衍して、抵抗も虚しく、押し切られてしまうような状況に対して、形ばかりの『駄目』という悲鳴を上げる台詞。それが、多元的な意味を含んだ『らめぇ』という言葉になります」  やり遂げた! 僕はある種の達成感を覚えながら、仕上げをしなければならないと思う。この場から立ち去ろうとする鷹子さんの服を引っ張り、小声で告げる。 「鷹子さん、協力してくれますよね?」 「な、何をだよ」 「らめぇ、と言ってください。用法を説明したから、今度は用例です」 「む、無茶を言うな!」 「もう、ゲームを貸しませんよ」 「ぐっ、ぐっ、ぐぐぐぐ……」
/77ページ

最初のコメントを投稿しよう!