第1章

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起き抜けの夢   ― みつめていたいシリーズ 番外編 ― 何気ない朝。最近すっかり自宅のベッドより使用頻度の高くなったキングサイズのベッドで渡辺貴弘は目を覚まし、じっと天井を見つめながら一言呟いた…。 「マジで…ヤバイ。俺」 178センチの身長は同世代なら決して目立つほどの長身ではないが、中学から始めた陸上、特に高校時代から夢中になった投擲種目で鍛え抜かれた体躯は寝起きの怠惰な仕草でさえもその表面に美しい筋肉のシルエットを浮き上がらせた。祖父がドイツ人であるせいか手足の長さは日本人離れしたもので、四分の一という微妙なバランスで受け継がれた異国の顔立ちは、サッパリと端正なものでありながら、どこか人目を惹き付ける甘みがあった。 「なんだよコレ…」 そんな彼がベッドの中でひとりうなだれる理由はひとつ。 「朝なのに…」 布団の中を覗くようにして下着の奥を見つめながらついた溜息は、人生最大のピンチを予感していた。      ※  ※  ※ (今夜も…上手くはぐらかせるかな……) それは……俺の恋人、長谷川さんがドイツ留学から帰ってきて間もない頃のことだった。 もうこの世に居ないと思っていた彼が、ある事件に巻き込まれたせいで飛行機に乗り遅れ墜落事故を真逃れたと、突然目の前に現れた本人の口から聞いた時には心底驚いた。そして、周囲への報告より何より俺にちゃんと 『ただいま』 を言うためにと、自宅のベッドまでなかば強引に連れて行かれたのも、まぁ一途な彼らしい愛情表現だったと思う。たとえベッドでの熱く激しいソレが、ただの 『ただいま』 と 『お帰り』 ではなく、将来を約束する 『プロポーズ』 と 『承諾』 になったとしても、俺達には自然の流れだった。 (でも確か、ベッドでのプロポーズって法律的には無効なんだよな……なんて、男同士じゃ元々話にならないか) 都内の端に位置する某メトロ駅の真上に建てられた雑居ビル。先祖代々この辺一帯の地主であったという長谷川家の持ち物だ。そこの最上階を自宅とアトリエに区切って、俺の三つ年上の恋人、長谷川徹は暮らしている。美大の研究生で塑像(そぞう)を専攻している彼は、素人の俺が見ても並はずれた才能の持ち主だと思う。彼の描く人やその指で作り上げる人体のレプリカには、その人の温度や匂い、それに気持ちまでもが見えてくるような迫力があるからだ。
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