第1章

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地下鉄の乗車整備員としてバイトしている長谷川さんと、毎朝同じ時間の通勤電車に乗っていた俺との出会いはまさに偶然。俺が長谷川さんの好みの体だったってだけで彼に目を付けられてたのも知らず、その熱い視線に釘付けになってしまったのだ。 (あんな美形に毎朝見つめられて無視できるかっての) 長谷川さんは身長160センチほどしかないが、幼い頃家族で台湾に住んでいた関係で本場の中国武術を身につけている。温厚な彼らしくそんな素振りは微塵も見せないが、仕事中の彼が見せるいつもすっきりと伸びた背筋と良く通る高めの声が、精悍な彼のイメージを引き立たせていた 。色白で、切れ長の二重瞼は長い睫毛に縁取られ、その奥にはビターチョコのような人より幾分濃いめの虹彩がいつも濡れたように輝いている。すっと通った鼻筋と下側が厚めの唇。一歩間違えば可愛い男の子専門の某アイドルグループ事務所系間違いナシだが、育ちのせいか、はたまた本人の性格のせいか、彼には 『可愛い』 という単語を寄せ付けないオーラがある。いつも凛としていて、精悍で、美しい。 (でも…俺だけには可愛いんだな。コレが) 意外と情熱家でもある彼がアノの時に見せる素直で一途な表情を思い出せば、ニヤけずにはいられない。たとえ会社の同期連中に 『そのやに下がった渡辺の顔、超オヤジくさい』 と冷たく言われようがへでもない。 (オヤジ上等!) しつこく苛めて泣かしてみたくなることも良くあることで、(みたくなるだけではなく実際泣かしてしまうことも良くあることで)自分がエロオヤジ体質なのはもう充分承知だ。 だがしかし……。 (コッチがオヤジになるのは勘弁してくれ…) 淡々と会社に行く準備をしつつ、またも漏れる溜息。なぜかあの感動の再会を果たした夜以来、すっかり音沙汰のない息子を思うと気が滅入る。今のところどうにか長谷川さんにバレ無いよう上手くかわしてきたが、もうそろそろ限界かもしれない。 (どーすっかなぁ…勃たないなんて言ったら…気にすんだろうなぁ…長谷川さんのコトだから) 『俺…もう魅力無い? 離れてる間に…冷めた?』 (とか。絶対言うよ) ビターチョコの瞳を揺らしながら傷ついた声で尋ねてくる彼の姿が容易に想像できる。それだけに何としてもそんな状況は避けたい。 スーツに着替え寝室を出ると、ローテーブルに今日も美味そうな朝食と小さなメモ用紙。
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