第1章

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長谷川さんの良く通るハイトーンボイスがホームに響く。電車のドアが閉まり、ゆっくりと走りだした。長谷川さんはホームの端から端までを指差し確認し、車掌に目礼し、テールランプを見送っていた。すぐに次の電車が入るアナウンスが流れ、また進行方向と線路上の安全を確認する。 (あ…) チラッと視線を流した彼が俺に気付き 「うん」 と頷くだけで表情は凛々しいまま安全確認を続ける。 (カッコイイ………) 入ってきた電車が止まり、俺はゆっくりと彼の隣へと近づいた。気配で気付いたのか長谷川さんは目を合わさずに小声で話しかけてきた。 「今日も…来るんだろ?」 「……うん」 「うん。いってらっしゃい」 間もなくドアが閉まりますのでお急ぎ下さい。駆け込み乗車おやめ下さーい。と、ホームに響かせる彼の声は、小声の瞬間だけ、とても甘く優しげに響いていた。 トン。と背中を押されるように車中へと送り出され、振り向いた時にはドアがしまり、ガラス越しに見る長谷川さんは嬉しそうな寂しそうな、曖昧な表情を浮かべていた。 帰国して数日。学校関係や知人への連絡や挨拶もテキパキと済ませ、自分が生きてる世界を取り戻した彼は、もうちょっとゆっくりしてればいいのにと言う俺の言葉も聞かず、バイトに復帰した。 『早く元の生活リズムを取り戻したいんだ。それに朝のんびりしてるのは相に合わないんだよ』 日課である朝一の太極拳を終えた彼が汗を拭いながら清々しく笑うから、なんとも長谷川さんらしいセリフだと苦笑するしかなかった。前夜、俺がどれほどの情熱を込めて抱き潰そうが、翌朝にはキッチリとリセットしていつも通りのメニューをこなしている。それが長谷川さんだ。 一度くらい、寝起きの気怠げな長谷川さんを見てみたい。いや。見るだけじゃなくそのまま突入したい。と思ってはいるが、きっとそれは叶わぬ夢なのだろう。 (っていうか、今の俺じゃ話にならないだろって) 俺は窓に映る自分を嘲るように口の端だけで笑ってやった。 「貴弘」 夜、リビングのソファでくつろぐ俺に突然長谷川さんが手を伸ばす。 「何?」 「一緒に、風呂入ろう」 (え…?) 照れ屋な彼がそんなこと言い出すのは初めてで、面食らっているうちに返事をするタイミングを逃し、手を引かれたまま脱衣所まで来てしまった。
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