第1章

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白い指先が俺のデニムシャツのボタンを上から順に外していくと、ボタンの位置に沿って徐々に視線が下がり、一番下のボタンを外すと同時に彼の頬をさらりと柔らかな髪が撫でた。 「髪……伸びたね」 出国前はこめかみの辺りに流れていた前髪がもう耳にかかっていて、襟足も首筋にそって肩につこうとしている。ゆるく癖のついた赤みのない薄茶色の細い髪は、このくらいの長さが一番彼の整った顔を引き立てるようだ。物憂げでセクシーなミュージシャンのような、見る角度を変えればエキゾチックで中性的なモデルのようにも見える。 「そうだな……んっ……」 襟足の髪を指に絡めるように梳いていると、時折指先が首筋を掠め、こそばゆいのか首を竦め甘い声を漏らした。 (可愛い…) 「貴弘」 「ん?」 いつの間にか俺は全部脱がされていて、彼が自分の履いているジーンズに視線を落とす。そんな幼い催促が可愛くて、俺は笑いながら彼のジーンズと下着を脱がせた。浴室はたっぷりの湿気と入浴剤の香りで満ちていて、そのクール系の香りに肺の中が浄化されるような気分になる。俺はシャワーで軽く汗を流し、バスタブに浸かった。 このマンションを賃貸で貸していた頃、テナントで入っていた不動産屋の事務所として使われていたリビングは、リフォームにほとんど手をかけず使っているので、壁も床も天井も会社仕様だ。だが、建築士である長谷川さんの叔父にあたる人が好き勝手に弄ったバスルームは高級ホテルのスイート用をそのままセッティングしたと言うだけあって、充分な広さと隅々まで漂う高級感が味わえる。俺は満足げに大きく息をつき、手足を伸ばした。 「ああぁ~……。久しぶりだよ…こんな気持ちよく風呂入ったの」 長谷川さんは先に頭や体を洗っていた。俺んちのビンボーなユニットバスとは違い浴室全体が暖まっているので冬でも体を洗ってから入れる。5階建てビルの最上階角に作られたこの浴室はコーナー部分が大きな窓になっていて、この家ではここからだけ見える遠い新宿のビル群が、濡れたガラス越しに悲しげに赤いシグナルを送っているように見えた。 (数週間前は、もうこんな風に安らげる日は来ないんだと思ってたのに…) 「ほい。交代」 「ん」 こうしていると彼の死を受け止めきれず苦しんでいた頃が、もうずっと昔のことのような気がしてくる。
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