第4章

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何も言わない主任。 私に何かを言う立場でも言われる立場でもないからいいんだけど。 でも・・・ムカムカする。 隣の女性は柔らかく微笑みを浮かべて立っている。 優しそうなその雰囲気。 主任はこういう人が好みなんだ。 私とは正反対じゃない。 「似合ってるな」 「はい? あ、これですか?柄にもなくって自分では思ってるんですけど」 「綾瀬に良く似合ってる」 彼女の前で他の女を褒めるって一体どういう頭してんのかしらこの人。 それでもこの恰好を褒められたのが嬉しくて『ありがとうございます』とお礼を言う。 「邦隆君、そろそろ時間」 隣の女性に促されて主任の足が動き出す。 あの時と同じように『邦隆君』と柔らかく呼ぶ女性の声に柔らかい表情で答える主任。 あんな顔できるんだ・・・なんてちょっとだけ悲しくなった。 見たことない表情をさせるこの人は本当に主任の特別な人なんだと分かったから。 やばい。 泣くかもしれない。 「綾瀬?」 私の異変に気付いたのか動き出した足が止まる。 「失礼します」 このまま主任を見てると絶対に泣くと確信した私は急いでその場を離れた。 ―なんで・・・ 違う。 なんでなんかじゃない。 自分の中でこんなにも主任の存在が大きくて気になるものになってるなんて思いもしなかった。 そのことに気付いた瞬間、この思いが成就しない事にも気付いた。 馬鹿だな。 修二どころか篤志も昇華出来てない事を思い知ったばかりなのに、主任への思いも昇華させないといけないじゃない。 どれだけ恋愛下手なんだろう。 昇華させないまま次に行くからこんな目に合うんだ。 ヒールに足を取られて上手く歩けない。 立ってるだけでも精一杯の私はタクシー乗り場までふらつきながら向かった。 一人誰も居ない家に戻り、ヒールを脱ぎ捨てワンピースを脱ぎ捨ててベッドになだれ込む。 もっと早くに気付いていたら・・・ 主任に『付き合わね?』と言われたときに自分の気持ちに気付いていたら? いや、だってあの時にだって主任にはあの綺麗な彼女が居たはずだ。 あれはやっぱり私をからかっただけで・・・ なんであんな事言ったの。 気になる相手にしておいて、面白がってたの? 分からない。 主任が何を考えてるのか・・・知りたいよ。 馬鹿だな。知った所で・・・
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