春に告ぐ。

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  放射冷却の影響で今朝は一段と冷え込みが強い。 散策しようと玄関先まで向かったのだが、そこで漸く、昨日から着続けているこの頼りない格好に気付き部屋へと引き返した。 コートを羽織り一歩外へと踏み出せば、清く冷たい空気が僕の頬に張り付くような刺激を与えた。 僕の足跡が、真っ白なカンバスと化した坂道に模様を描く。 その一歩一歩が、静寂を纏うこの空間にキシキシとメロディを奏でていった。 それが次第に軽快になってゆくのは、貴女のことを想っているからだろうか。 そうして、思う。 どうして、 どうして会うことさえ叶わないのだろう。 この気持ちを伝えることすら出来ないなんて、と。 いつの間にか歩みを止めていた僕の足元が、次第にオレンジ色に染まり始める。 顔を上げれば、山の端にはもう朝陽が零れ始めていた。  
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