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 タツオは畳を逃れて場外に逃げるか、膝(ひざ)から下の低空に身を投げて、腰高の後藤の攻撃をかわし続けた。残る4分のうち、前半は後藤のフットワークは素早(すばや)かった。だが、その2分を逃げ切ると、相撲部の1年生のスピードはがくりと目に見えて落ちてきた。  長くて1分が相撲の勝負である。たいていの場合は十数秒で決着がつく。後藤は3分を超えるような真剣な鬼ごっこの経験はなかったのだろう。 「貴様、なにをしている!」 「後藤、そんなチビ、つかまえて丸めちまえ」  柔術場には相撲部の先輩たちの怒鳴(どな)り声が響いたが、タツオは気をゆるめずに必死に後藤の足の動きを見つめていた。後藤の顔は怒りと屈辱で真っ赤だが、その顔色にもほとんど気づかなかった。フットワークと体重移動がすべてだ。つかまれば瞬殺だ。
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