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家の近くの小さな水族館の隣には、観覧車がある。そこへ行くと、小学生だった私はいつもオマケをしてもらえて、特別に二周することができた。
一回まわって、止まって、また上がってゆくときの、なんとも言えないお得感を、子どもながらに気に入っていた。
学校に友達がいなかった私にとって、観覧車と、観覧車のお兄さんが友達だった。
「いつもありがとう」
とお礼を言うと、お兄さんは口に人差し指を当てて笑った。
一周目と二周目で空の色が変わる時間がベストだった。
青からオレンジに、オレンジから黒に。黒になることは(門限があったので)滅多になかった。黒はレアだから、そういうときの空ははどことなく特別に思えた。
オレンジ色に染まってゆく街を見下ろしながら、私は街がオレンジジュースに浸かったらと考える。
それはいつか見たオレンジジュース風呂に浸かる夢よりもずっと素敵だった。
そうしたら、私たちは魚みたいに街を泳ぐ。嫌なことなんてなにひとつない世界で、ふわふわ泳ぎながら一日を過ごす。
そんな世界があれば、きっと毎日はすごくいいものになる。
バイト代で水族館に行けるようになった。
淡水魚水族館なので、その辺の川で見られるような魚がこの小さな建物の中にたくさん集められている。
建物は吹き抜けになっていて、透明な天井からは真昼の空が見える。
真っ白な雲がひとつ、またひとつ、流れてゆく。高くジャンプすれば掴めそうだった。今、ちょうど掴めそうだったけれど、私はもう高校生なので、ジャンプなんてしない。
高校生になった私は学校をサボることを覚えた。
先生にも親にも怒られるけれど、行きたくないから行かない。
あんな、刺激的なことが何もないところよりも、魚と泳ぎながらまだらな空を眺めていたほうがずっと楽しいのだからしょうがない。
水族館のあとには、やっぱり観覧車に向かう。
いつものようにお兄さんに挨拶をして、私はウキウキと観覧車に乗り込む。
同級生たちが学校帰りにカラオケに寄るとき、ショッピングをしているとき、私は彼らを上から見ている。
実際には見えないけれど、見えている気分になる。なんて贅沢なんだろう。この空を独り占めみたいな、そんな感じで、私の一日はひっそりと幕を閉じる。
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