ルームメイト

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一年経っても、梓はやはり戻っては来なかった。 女一人で暮らすには、2LDKの部屋は広すぎた。 寝室があるにも関わらず、夏は面倒がってリビングのソファで寝起きしていた。梓の部屋にいたっては、荷物を送って以来一度も触っていない。 人ひとり分の生活スペースなんて、ごくわずかの範囲で事足りてしまうのだ。 それなのに一年間も高い家賃を払い続けてまで引っ越さなかったのは、梓がそのうち帰ってくるかもしれないと、心のどこかで期待していたからなのだろう。 その淡い期待すら打ち砕く出来事があった。 梓が出て行ってからちょうど一年が経った頃に届いた、一枚の葉書。 葉書の表には、水晶のように透明なブルーの海と、海岸の写真があった。 そして裏には、 『ごめんね。元気で。』 と、一文だけ。 梓がどういう意図でこの葉書を出したのか、私にはわからない。 今誰と何処にいるのかも、『ごめんね』の意味も。 私が今もここにいるとは思わなかったのかもしれない。ひょっとすると、梓自身のケジメとしてのメッセージだったのかも。 ただひとつはっきりしているのは、梓はもう、ここにはいないということだ。 きっと、この海が見える場所にいるのだ。 写真だけではいったいどんな所なのか想像もできないけれど、こんなに綺麗な海があるのなら、いいなと思った。 梓はここにいない。 もう戻ってこない。 そう確信した時、やっと、心に刺さっていた最後の氷が解けてなくなった気がした。 私がこの、色々な思い出の染み付きすぎた部屋を出ようと決心したのは、夏ももう終わろうという頃だった。 一年間閉じていた引き出しを開けると、変わらずにその香水はそこにあった。ピンク色の、花の香りのする液体が、瓶の底で揺れている。 こんなに使ったんだな、と私は思った。腕にふりかけてみても、ほとんど香りは残らない。 私は中身を捨て、瓶をゴミ袋に放り投げた。 もう、二人を繋ぐものはない。
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