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 ここで一応、注釈を挟んでおくと、彼女は先ほど一歩を踏み出したけれど、決して前へ進もうとする意志はない。  ただじっとしていられないだけなのだ。  彼女は、いつも運動ばかりしているスポーツ少女、というわけではないけれど、それでも、いつも元気があり余っている、まるで太陽のような女の子。  それが理空なのである。 「その相手の人には、ちゃんとそう言ったよ。でも、その相手の様子がなんだか『満足してないな?』って、感じたんだ。それでなんだか、その相手の人が求めていた答えとは、異なっていた気がしてね」  理空はそう言ってから、口をつぐんだ。  ゆったりとしていた動きを止め、何かを待つよう、静かに空を眺めている。  ほどよい湿気を含んだ風が、そんな彼女の髪をさわさわと揺すっては離れて行った。  しばらくして理空は、不意に白い雲がゆっくりと動く空から視線を外した。  等間隔で並ぶ長椅子の中で一番、彼女に近い長椅子の方へと向きなおる。  そして、長椅子の上で、枕のかわりとして両手を頭の後ろに組んで寝転ぶ、短髪の髪型に寝癖をつけた男子学生の方を睨み、口を尖らせて理空は言った。 「ちょっと! ちゃんと聞いているの? タダシ。 ……正くん? ……正くん! 空井正((そらい ただし)くんっ!!」  この場に二人しかいないのにもかかわらず、何度も名指しされた、長椅子に寝転んでいた彼、空井正((そらい ただし)は、そこで初めて動きを見せた。  重そうな瞼を何とか持ち上げ、眠そうに目を擦りながら、のっそりと上半身を起き上がる。  そんな彼は、崩れた身だしなみを整えようとはせず、まだ眠気があることを隠そうともしなかった。  彼の目の前にいる理空に悪びれもせず、堂々と大欠伸を放つ。  そして、また長椅子の上で、横になった。 「って、起きないんかいっ!」  宙に手を振って、理空が快活にツッコむ。それとちょうど同じときに、風が学校のミニ野原の草をわさわさと揺らし、この場の明るさをより強調していた。
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