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「それより亀岡さん。会場入りする前に…」
単に話を逸らされたのかと思いきや、課長が口にしたのは意外な質問だった。
「片桐君のことなんだけど」
思わず課長を見上げると、思いの外、真剣な面持ちだった。
単なる興味本位ではないらしい。
「もしかして課長、人事のことをお聞きになったんですか?」
「君ももう聞いてるんだね」
「はい。片桐君本人から」
前を向いて表情を隠す。
先日、怜からは婚約だけでなく、結婚に伴う人事対応についても知らされた。
社内の暗黙のルールで、同じ部内の結婚では片方が異動となる。
梨香子のように同じ海事でも部が違うならセーフだけど、経企室は少人数部門なので深沢さんの異動が確定したらしい。
怜に打ち明けられたあの日、そのあまりに早い動きにも私は衝撃を受けた。
私だけを残して、何もかもがつむじ風のように通り過ぎていくようで。
「僕は部長から聞いたよ。
経企室の深沢さんがうちの米州部に異動する予定だと。
その理由が…」
「片桐君と深沢さん、
春にご結婚されるんですよね」
わざと課長の言葉を遮った。
痛め付けるだけ痛め付けたら、胸を裂くような思いにもいつか慣れることができるだろうか?
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