3165人が本棚に入れています
本棚に追加
篠田が入ったのは静かな通りの一角にある目立たないバーだった。
初めての店内に立ち止まる私を、篠田がカウンターまで腕を引く。
「こんなお店があったのね。
すぐ近くなのに知らなかったわ」
腰掛けた途端に放された腕が何だか心許なくて、ごまかすように店内を見回した。
暗さに目が慣れてくると、落ち着いたインテリアがよく見える。
客は一人飲みか、せいぜい二人連れが中心の静かな客層だ。
適度なボリュームの音楽が程よく店内の話し声を消していた。
「ここにはよく来るの?」
親密さを増すような心地よいほの暗さのせいか、オーダーが届く頃には篠田と二人のこの状況への戸惑いも少しずつ解けて、沈黙も気にならなくなっていた。
「たまに、ですね」
上着を脱いだ長い腕で頬杖をつき、篠田はグラスを揺らした。
「昔はよく来てましたよ。
先輩がコンビ組んでた戸川とね」
「戸川君と仲良かったんだ?」
喋りながらも、こうして篠田と普通に会話している自分がとても不思議だった。
最初のコメントを投稿しよう!