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時折リップの香りを確かめながら幸せな気分で歩いていた私はふと足を止めた。
細い路地の少し先には駅のある大通りが見えている。
もうすぐさよならだ。
「…ね。今、塗ってみていい?
誰もいないし。
さっき急いでお店を出たから、何も塗ってないのよ」
辺りを見回しても明かりのまばらな路地には私達だけで、リップを塗るぐらい平気そうだ。
それに初めてつける時は篠田と一緒の今がいいと、何となくそうしたかったから。
「いいですけど…。
鏡なくて大丈夫ですか?暗いし」
「リップだから平気よ。
でも、あっち向いててね」
「どうして?」
「塗るの、見られたくないもの」
「はいはい」
苦笑いであちらを向いた篠田の背中で、とろけるようなピンク色のリップをはみ出さないよう唇にそっと塗ってみた。
「もうこっち向いていいわよ」
「ほんと、態度が女王様ですね」
「……あ。本当、甘いわ」
ペロッと唇を舐めてみると、ほんのりした甘さが舌先で溶ける。
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