彼のキス、課長の提案

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二人とも、見つめ合ったまま何も言葉を発さなかった。 大通りの明かりがわずかに届く静かな路地には、喧騒が遠く聞こえてくるだけ。 不意に彼が手を伸ばし、 寒風で冷えた私の頬に触れた。 瞬きもできずに、彼が目を合わせたまま近付くのを見つめる。 もう近すぎて、よく見えなくて、ただ二人の吐く白い息が混ざり合うのを感じながら目を閉じた。 「篠……」 上向きに顎を上げられて小さく零した呼び声は、押しあてられた唇の間で吐息になった。 二人の温もりで甘いリップがじんわりと溶けていく。 深めずに優しく重ねてくる彼に、胸にリップを握り締めたまま唇を任せる。 キスなんて、 星の数ほどしてきたはずなのに。 篠田とだって、 身体まで重ねたのに。 なのにどうしてこんなに、 胸が壊れそうになるんだろう? 目を閉じて、 感じるのは彼の唇だけ。 立っている地面すら遠く感じられるほど、今だけは世界に二人しかいない気がした。
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