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でも、三十代で本命無しともなると、心浮き立つイベントとは言い難い。
最初私が用意していたのは、職場全員統一の義理チョコだった。
唯一、羽鳥課長には口紅を付けたお詫びに少し豪華にしただけで。
篠田への気持ちを自覚したキスの二日後の土曜日がバレンタインだったから、社内では金曜日に配らなくてはならなくて、考える暇も買い直す暇もなかった。
とはいえ、彼女持ちの相手のセフレのような微妙な立ち位置では、豪華なチョコを贈る訳にもいかない。
それでも篠田に課長へのチョコをどう思われるのか気になったので、課長にはこっそり配ったのだけど、その際に羽鳥課長にお返しの食事に誘われていた。
今度行こうね、と。
「今日は早帰りだし、都合どう?
ちょっと相談があって、なるべく早く行っておきたいんだよね」
オープンな羽鳥課長は食事のお誘いも変に人目を憚ることなく気さくに声をかけてくれているのだけど、篠田が聞いていると思うとすぐに返事ができなかった。
「あの…、」
その時、ヒールの靴音が小走りに駆け寄ってきた。
「篠田君!」
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