彼のキス、課長の提案

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課長が連れていってくれたのは、複合商業ビルに老舗の料亭が新規出店した所だった。 少しカジュアルな和洋折衷の懐石が静かな個室で楽しめる。 「本店より気楽でいいでしょ? マナーも気にしなくていいし」 仲居さんが個室のドアを閉めると、課長は寛いだ様子で上着を脱いだ。 「お酒も種類が多いですね」 「亀岡さん、日本酒平気? …いや、たぶん酒豪だよね」 「はは…分かります?」 上海で鍛えられたのもあって、ザル度には自信がある。 「私、酔い潰れたことない…んで…す」 「それは楽しみだな」 語尾が鈍ったのは唯一の失敗を思い出したから。 篠田との最初の夜。 しっかりしていたつもりだったけれど、今思えばかなり潰れていたに違いない。 でないと、あんなことは起こり得ないはずだから。 起こってしまったことに感謝すべきなのか、嘆くべきなのか。 あの夜に始まった不毛な恋の着地点はさっぱり見えない。 「最近、仕事はどう? 時々浮かない顔してるけど」 課長の問いかけに、今頃どこかの店で小椋さんと飲んでいるであろう憎たらしい顔を慌てて意識の外に追い出した。
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