彼のキス、課長の提案

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「そうですね……」 一度言葉を切って考えた。 「この前、大丈夫かと課長に聞かれた時は昔のことです、って答えましたけど、本当はずっと引きずってました」 きっと信頼できる人。 しかももうすぐアメリカに行ってしまうこの人になら、終わってしまったことぐらい正直になってみてもいい。 「でも、最近やっと抜け出せたような気がします」 「それは、新しい存在が?」 「……いいえ」 脳裏に浮かぶのは篠田。 でも、それは言わない。 本人にすら言えていないから。 そして、まだ進む決心がついていないから。 顔を上げて、微笑んだ。 「私は一人で歩いていけますから」 たとえ強がりでも、 今言えるのはこれだけだ。 一人を望んだ訳ではなかったけれど、後悔も残してきたけれど、全力でやってきた33歳の現実だから。 「…そう」 課長がグラスを置いて、穏やかな目でじっと私を見つめた。 「それなら、考えてみてもらえないかな」 怜と似た優しい眼差しの裏に見えるのは、怜とは違う、標的を追う自信と余裕…? 「僕と付き合って欲しい。 ……期限付きで」
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