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けれど、考え込みながら私は無意識に唇に触れていた。
食事でほとんど取れてしまったけれど、わずかに残る甘い味。
あのキスがくれた、狂いそうになるほど甘くて苦しい胸の痛み。
頭は課長に応じて楽になってしまえと囁いているのに、心はあの声、あの指、あの温もりに必死にしがみつこうとしていた。
「今日は返事しないで」
課長の声で、はっと唇から指を離した。
「君の中に僕がいないのは知ってるから、話ができただけでいい。
ゆっくり考えて。連絡するから」
「……はい」
確かに迷っていたけれど、断る機会も受ける機会も一方的に保留にされたことが不満で、渋々頷く。
すると課長はそんな私を見てクスッと笑った。
「今、ムッとしたね」
「…いえ」
「構わないよ。そうやって感情を出してくれた方がいい」
食後のコーヒーを供する仲居さんが部屋を出ていくと、彼はまた続けた。
「片桐君の前では、君はあまり本当の感情を出していなかったね」
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