彼のキス、課長の提案

8/33
前へ
/33ページ
次へ
「…時々、逃げ出したくなるの」 ごめんなさい、こんな弱音。 でも…、今だけ。 けれど篠田が無言でこちらを向いた時、彼の携帯の呼び出し音が響いた。 「…すみません」 ……もう戻る時間。 コートのポケットを探る篠田の背中で、こっそりため息を消した。 「篠田です。 ……ああ、大丈夫です。 バックアップ取ってますから。 すぐ戻ります」 彼は仕事中だったのに。 今日は特別忙しいはずなのに。 弱く傾きかけた自分を戒めた。 「ごめんね、戻る時間ね。 何かトラブルあったの?」 雰囲気を変えようと、通話を切った篠田に明るい声で尋ねた。 「部長がファイルを消してしまったと」 「機械オンチだものね、そっちの部長は」 「分かってないくせにいじるんですよ」 苦笑いしながら二人とも立ち上がった。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2965人が本棚に入れています
本棚に追加