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「着替えたら店にいくよ」
「ああ。待ってる」
忍は作務衣を着替えに事務所を出た。といっても住居は事務所の隣で歩いて数歩という近さだ。
以前は師匠である仁と一緒に別の場所に住んでいた。今の彫龍があるのは忍の住居の真上にある三階で、八年前に改装して越してきたのだ。
今でこそマンションの一室で営業しているが、それまで数奇屋風の装いのある、意匠をこらした佇まいをしていた。せっかくの場所も突然の極道同士の抗争が発端で、趣きもなにもなくなり屋移りを余儀なくされた。極道が彫龍を無茶苦茶にしたのが面目なかったらしく、居合わせた司が屋移りの費用の一切をもった。
一軒屋でなくなったものの、デザイナーが手懸けただけあり、マンションの一室などと誰も想像しえない趣きができた。インテリアに頓着のない仁が感嘆するほど、ゆかしい佇まいになっていた。
近頃では面白半分で刺青をいれる若者が増えてきたようだが、彫龍の客人にはそういない。それは代々受け継がれてきた業と老舗という看板に恥じないよう紹介制にしてきたからだ。刺青を芸術作品として作りあげ、全国はもとより海外からくる客人もいる。
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