プロローグ

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   衣文掛けに掛けてある黒いスーツの中から煙草を取って渡すと、佐倉がぼそりと言った。  明日、東道司(とうどうつかさ)が帰ってくる。愛知を牛耳る広域指定暴力団二次団体光堂会東道組組長であり、直系である山一組光堂会本部の若頭という、たいそうな肩書きを持った(おとこ)だ。今年で確か二十八か、単に組長の息子だからというわけでなく、シノギの辣腕(らつわん)を買われての地位だ。 「そう。四年ぶりか……元気か?」  忍は手渡したライターを血と銀朱で色づいた布団の上に思わず落とした。  今彫り終えた不動明王の背中が盛り上がって、落ちたライターへと手を伸ばす。佐倉はうつむいたまま煙草に火をつけると紫煙を吐き出してから忍をみた。 「はい。忍先生に会いたいと、伝えるようにと」  そういうと、佐倉は撫でつけていた髪の乱れを直して、かごに入った下着をつけだした。佐倉は司がもっとも信頼を寄せる舎弟のひとりで、専属の運転手をしている。昨日も出所前の司のために高級車を動かしたのだろう。上背は忍に足らないが、スラリとした体躯で、忠誠心のある無口な男だ。  五年前、司は光堂会東道組組長の襲名を終えると「匠蓮(たくみれん)」とふたつ名を名乗るようになった。  その半年後、舎弟の銃刀法違反の責任を取って実刑五年で下獄(げごく)することが決まり、そのまま忍との縁は切れた。別れといっても、特別な関係があるわけもなく、忍の客人のひとりというだけだ。
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