四十二 祐天仙之助

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ひらけた東海道と違い、甲州道中は急峻な山道である。猿や鹿はおろか、熊や狼さえいるときいていた。 山口は一瞬、緊張から殺気を発するが、相手が野生動物であれば、察知される恐れがあるので、すぐに自分の気配を絶ち、立ち止まって、あたりの気配を探る。 しばらく周辺の気配を探ったが、物音ひとつせず、あたりはしんと静まりかえっていた。 「気のせいか……」 そして、そのとき気持ちが定まった。 たった一度目にしただけの女だが、殺されるとわかっていて、見捨てるわけにはいかない。 その行為によって、己が救えなかった女が戻ってくることなど、あるはずもないし、それが自己満足にすぎないことは、百も承知だ。 だが、山口は、そうせずにはいられなかった。 「ちっ」 自分の感情をもて余し、山口は鋭く舌打ちをすると、再び闇夜の道を歩きだした。
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