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「――ちょっと待ちな」
急いで駒札を精算すると、才蔵に五両ほうり投げ、男は外に飛びだし、三味線堀の舟溜まりで、着流しに声をかけた。
三味線堀のどん突きは、大川から引き入れた水が大きな溜まりになっていて、四角い巨大な池のようだ。
溜まりには、角々に番所があり、その灯りがちらちらと水面に写っていた。
上げ潮なのか、微かに海の匂いがただよい、沖で鯔(ぼら)が跳ねた。
「わたしになにか用ですか?」
振り向いて着流しの男が言った。
口元のあたりに幼さが残るが、物言いは大人びている。
男の誰何(すいか)には、気の弱い者なら震えあがるような怒気がこもっていたが、着流しは、気にしていないのか、爽やかな態度だった。
「ああ……用事があるから呼び止めたんだ。
お前さん、このあたりじゃあ見ない顔だが……六日前に、あの賭場で揉めて、ここで喧嘩しなかったかい?」
「いや、ひと違いでしょう……
あの賭場は、今日が初めてです。
嘘だと思ったら、あの中間頭に訊けばいい」
「よし、わかった。
じゃあ、今から俺といっしょに来てもらおうか」
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