四十二 祐天仙之助

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捨五郎は、提灯も持たずに、深夜の甲州道中を急いでいた。 十七の歳から盗賊稼業に身をやつした捨五郎にとっては、夜の暗闇など、どうということもない。 大盗賊・名栗の文平のもと、夜目を鍛える訓練をしていたので、提灯などは必要がなかった。 捨五郎は、安房の国の一の宮、安房神社の神職の子として生まれた。安房神社は、神武天皇元年のころというから、紀元前660年の創建といわれている。 捨五郎の父親吉三は、神職といっても正階という職階(資格)だったので、安房神社のような、格式の高い神社の宮司にはなれないが、禰宜の生活は安定していた。 吉三は勉強熱心で勤王の意思が強く、藤田東湖などとも親交があり、捨五郎も幼いころから水戸学を学び、いずれは神職に就くつもりであった。 ところが、十六のとき地元のやくざ者と喧嘩になり、もののはずみで、あやまって相手を殺害してしまった。 故郷を追われた捨五郎は、盗みやかっぱらいなどで、かろうじて糊口をしのいでいたが、先行きに何ひとつ希望はなかった。 そんな捨五郎を拾ったのが名栗の文平である。
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