狂い始めた歯車

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そんなこんなで迎えてしまった3月31日。 春晴れの空には積雲が浮かんでいる。 つっかえる胸に気づかない振りをして、忍は満杯になった部屋のゴミ箱をリビングへ持っていった。 ゴミ袋を取り出しゴミ箱の中身を入れていると母親が後ろから注意した。 「ちょっと、ちゃんと分別して。」 「えー。」 忍は言われた通りもう一つゴミ袋を用意し分別を始めた。 出てくる数枚の悲惨なテストは母親の目が届かないようすぐにゴミ袋へ投げ入れた。 ガムやあめの包み紙、空のシャーシンケース、切れた髪ゴム…… 途端に忍の手が止まった。 忍が手にしたのはアルミの小さな空き箱。 開けると底には残ったチョコレートパウダーがついていた。 ホワイトデーに貰った河谷からのチョコレート。 黙ってそれを見つめる忍に母親は「どうしたのか」と尋ねた。 「あ、これね。ホワイトデーに貰ったの。あたしモテるんだ。」 そう言いながら忍は箱を捨てようとした。 「ちょっと待って。箱の中の下紙は燃えるゴミでしょ?」 「あ、そっか。」 忍は箱を再度開け中の紙を取り出した。 そしてそれを燃えるゴミに入れようとした、その時。 ――ん? 忍は紙の裏を見た。 そこには手書きの短い文があったのだ。 『よく頑張りました。 受験もそれぐらい本気になってくれたら先生はうれしいです。』 黒いサインペンで流し書きしたような文字たち。 それでもやはり、どの文字も止めや祓いまで明確で授業中黒板に書かれる神経質な形をしていた。 あの日から胸につっかえていた何かが、口の中から抜けたような気がした。 すると途端に足に力が入り、気づいた時には玄関で靴を履いていた。 今を逃したら、もう会えないかもしれない。 それは「恐怖」だった。 「忍、どこ行くの!?」 急にゴミをほったらかし玄関に駆け出した娘の姿を見て母親は驚いた。 「学校。」 「学校?」 忍は紙を握りしめたまま頷いた。
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