狂い始めた歯車

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静かな廊下にドアの音が大きく響いた。 ドアの前に立つ人物を見て河谷は少しだけ驚いてみせた。 「久しぶり……でもないな。相変わらず君は突発的というか、なんというか……。」 河谷は手元のファイルを重ね始めた。 部屋中に散乱するダンボールの山を見て、忍は息が詰まりそうになった。 お決まりの特等席にも二つのダンボールが積まれている。 「どうした?いつまでそこに突っ立ってんだ?」 河谷は忍の後ろに手を伸ばし、開けっ放しだったドアを閉めた。 顔の横を通り抜けた河谷のシャツの手元から、洗剤の香りがした。 忍は目の前の現実を受け入れる準備ができていなかった自分に初めて気づき困惑していたのだ。 「こら。さっさと座りなさい……って、あー……これか。」 河谷は忍の特等席に積まれたダンボールを見ると、すぐにそれを床に下ろした。 「ほら。」 河谷は忍の方に椅子をやった。 忍は黙ってそこに座り河谷を見つめた。 前髪伸びたなぁ。 どこの床屋さんに行ってるんだろう? 美容院かな? 新学期までにはこの人のことだからしっかり散髪するんだね。 新学期にはまた別の学校で先生するのか……。 悩んでる生徒の相談に乗ったりして、不器用に慰めてあげて…… あたしでない誰かが放課後の河谷に会うんだね。 あたしではない別の誰かが――。 「俺の顔に何か付いてますか?」 河谷はチラリと忍に視線をやる。 忍はブンブンと首を振った。 「何しに来た?」 「……質問?みたいな。」 河谷はファイルを机の上に置き、忍とはテーブル越しの椅子に座った。 肘を付き組んだ両手を口元にやる。 そして忍をジッと見つめた。 「何?」 忍は視線を逸らし一瞬の間を置いた。 「パンダとゴリラどっちが好きですか?」 「パンダ。」 「あ、そうですか。」 「……。」 「……。」 「で?」 河谷は真っ黒な瞳を揺らす。 忍はそれを見て意を決した。 「先生、あたしに秘密にしてることがありますね?」 河谷は口元だけ笑ってみせた。
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