恋する乙女

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藤本は忍がまだ亜紀の席で硬直しているのに気付き、 「山武さん、席ついて。」 と言った。 突然声を掛けられ、忍の体はビクりと波打った。 ここで席に戻るのが普通だが、忍は口をポカンと開けたまま目を真ん丸にして藤本を凝視した。 忍は藤本が自分に何を言ったかまでわからなかったのだ。 声をかけられた。 名前を呼ばれた。 覚えてくれた。 そんな小さいようで大きな喜びと動揺とが交差し、まさに今の状況を作り出している。 「……山武さん?何?」 「……はい、何でしょう?」 質問返しされた藤本は引き笑いを浮かべた。 「あっ!」 突然、思い立ったように声を上げると忍はイチゴポッキーを一本藤本に差し出した。 「え?……くれるの?」 忍は無言で二回も頷いた。 「ちょっとー、人のお菓子勝手にあげるなっ!」 亜紀は半分意識の抜けた忍の背中を冗談交じりに叩いた。 すると意図も簡単に忍はふらりとよろけ、椅子の足に躓いてこけた。 「ちょ……っ!大丈夫!?」 亜紀は倒れたまま起き上がろうとしない忍に駆け寄った。 藤本はその光景を唖然として見ていた。 忍は顔を上げると、 「亜紀ちゃん、あたし熱あるのかな?」 と言った。 「熱?……あぁ……熱、熱ね!そう、熱があるんだ!だってなんか忍変だもん。」 「山武さん、保健室にいったほうがよさそうだね。」 藤本は受け取ったイチゴポッキーを急いで口にくわえると、教室を出る準備をした。
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