暗中疑心

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「しかし、向こうはそれでも勝つ自信があると」 「随分な辣腕家だな。一体誰だ?」 「それが――」 孫策陣営はゆっくり確実に歩みを進めていた。 何故曹仁を一騎に叩かないかというと、まだ伏兵の線も捨てきれずに、慎重に行動を起こしているということである。 孫策の陣営には武人だけでなく策略家も多い。 筆頭にはやはり美周郎で知られる周瑜がいるが、そのほかにも秦松など優秀な者もいくらかいる。 そのうちの秦松は孫策にこう諫言した。 「まずは伏兵を払いのけましょう。どこにもいないかもしれませんが、万が一奇襲に会えばそれだけ被害が出ます」 多少慎重に過ぎるところもあるが、これももっともな意見ではあった。 策略家連中からすれば、十万の兵を前に、あの曹仁の落着きようはありえないのだ。 必ず曹仁は罠を張っている。 そう思わずにはいられなかった。 ので、孫策の進軍に迅速さはなかった。 両端が視界の悪い林でよかった。 向こうも流石に慎重にいかねばならない。 だが、それももう時間の問題だ。 孫策はまるで野兎を追い込む虎のような眼でゆっくり確実に歩を進めていった。 しかし、いくらか進軍した頃だろうか。 ふと背後、つまり尾軍の方が騒がしくなってきた。 そして騒ぎは徐々に拡大していった。 とはいえ本来、背後から大軍が攻めて来れるはずがない。 此方は歩みが遅いとはいえ、孫策程の指揮官が大軍に背後をつかれるほどの不手際は決して起こさない。
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