軍師の眼

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汝南の市街地は警備兵のせいで物々しい雰囲気だった。 しかしながら、町人はそれらを気にもしないという具合で働いている。 陸遜は訊ねた。 「これだけの物々しい雰囲気のなか、どうしてこれほど町民の顔は穏やかなのでしょう」 路招は振り向き、笑って言う。 「夏候将軍は先に曹司空から頂いた金銀財宝を全て町民に分け与えたのです」 「ほう……それはなぜですか?」 「夏候将軍は慎ましやかで徳のある方です。もし恩賞を受ければそれを皆に分かつだけの器量と仁心をお持ちです」 陸遜は内心、半信半疑で、 「なるほど」 と頷いた。 このご時世、そのような徳義の人が実際いるのだろうかと。 陸遜は不信がっているのである。 路招はそれを察してか、 「まあ、口で言っても理解されないかもしれませんが、会えば分りますよ」 と笑ってみせた。 「でしょうか」 「何かあれば私にもなんなりとお話しください」 「ご丁寧にどうも」 「そこが夏候将軍の部屋になっております。先にお目通りください」 「では」 陸遜は路招と別れの一礼をし、一人で夏候惇のいる城内の一室へと向かった。 夏候惇のいる部屋は他の将と違って質素で、煌びやかさなどが一切なかった。 今は冬で広い殺風景な部屋の真ん中に暖炉と木椅子、それに机と地図と将剣二本が飾られているだけである。 「……きたか」
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