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「・・鏡が・・・」
我に返った美麗は、割れた鏡に駆け寄った。自分にとって何よりも大切な”美”を得る魔法の杖、ブラック・アプロを呼び出すための唯一のツール。それが失われてしまった。
――どうしよう。
テープでつなぎ合わせて元通りにならないかと、大きな破片を拾ってみる。だが、そこらじゅうに散らばった小さなかけらがウィスキーのボトルの破片と混ざってしまい、拾い集めることさえ難しい。
手に取った破片を、美麗は力なく床に捨てた。もう、二度と魔女に会うことはできない。このまま来月の誕生日を迎えたら自分の姿は・・・。
ふと彼女は、そばに横たわっている和哉に目をやった。
「あなた・・?」
軽く背中をたたいてみる。すぐにでも目を開けるかと思ったが、和哉のまぶたは固く閉じられたまま、全く無反応だ。
「起きてよ。ねえ、あなた、起きてよ」
今度は少し強めに、肩や背中を揺さぶった。だが夫はピクリとも動かない。彼女の顔から血の気が引いた。
――死んだ?
正確には殺したのだ、自分が。
――逃げなきゃ。
動転した彼女の頭には、それしか思い浮かばなかった。とにかく、この場から離れなければ。自分はここにいなかった、そういうことにしなければ。
力の抜けそうな足で何とか立ち上がると、彼女はリビングを出て玄関の方へ走っていった。が、すぐにUターンして部屋に引き返した。
――車のキーはどこへ置いたかしら。
愛車のカードキーは、たしか昼間、娘と出かけるときに着ていたセーブルのコートのポケットに入れたはずだ。必死で部屋の中を見回すと、コートはソファの上に脱いだままにしてあった。すぐそばにバッグも見つかった。
バッグの中には、キャッシュカードの入った財布も入っている。これがあれば、しばらくの間はお金に困ることもない。
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