<1>真相

3/8
前へ
/17ページ
次へ
 彼女はコートとバッグを手に取ると、ふたたび大急ぎで玄関へ向かった。エントランスホールでふと立ち止まり、階段室から二階の様子をうかがうが、物音一つしない。娘はよく眠っているようだ。 ――レイちゃん、ごめんね。  今夜、幼い娘は両親をいっぺんに失う事になる。先行きを考えると不安だが、家には十分な資産がある。あとのことは、お人好しの深澤が何とかしてくれるだろう。  愛車に乗り込んだ彼女はハイヒールを脱ぐと、ドライビングシューズに履き替えた。網タイツの足元が寒々しい。 ――どこかで、カジュアルな服を買わなきゃ。  それに替えの下着、マスクにサングラスも買っておこう。  朝になって夫の死体が発見されたら、姿を消した妻は真っ先に疑われる。カードも止められるかもしれない。その前にコンビニのATMで、おろせるだけの現金をおろして・・・。  深夜の住宅街を、美麗の運転する車が静かに走り出した。大きな通りに出る直前で、彼女は最後にもう一度、自宅の方を振り返った。 ――これで完全に、お受験はアウトね。      *  約一ヶ月の間、美麗はホテルを転々としながら息を潜めていた。スマホは微弱電波から位置を探知されないよう、川に捨てた。愛車も、日用品を買い込んだスーパーの駐車場に置いてきた。  ホテルのベッドメイクのあいだはマスク姿でラウンジへ行き、新聞を読む。それ以外の時間はほとんど部屋にこもり、テレビをつけっぱなしにして、ニュースやワイドショーに耳を傾ける。  そうやって毎日、夫の会社の名前がマスコミに登場する瞬間を待った。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加