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最後の滑稽
浮上した意識が初めに受け取ったのは、何か揺れるようなけたたましい音だった。次いで、丁寧だが張りつめた声で、意識はありますか、と訊かれた。そして見えてきた白のヘルメット。
その時、救急車と分かった。自分のためのサイレンが聞こえる。青い服の救急隊員が、開いた自分の目を覗き込み、意識が回復したことを読み取った。それを仲間に伝える声の後、再びあのけたたましい音。揺れているのがどんな器具かは知らないが、救急車がよほどの速度で走っていることがわかる。
動かない身体では、これ以上のことを知ることはできない。ただ、目の前には、必死な形相の隊員が、一心不乱に処置をしてくれている。
しかし、不謹慎なのか、助からないことを感じているのか、他人事のように彼らを眺め、安らかな気持ちになっていた。彼らの顔に安堵はない。目の前の命を救うため、患者の意識が戻ろうと、決して油断をしない。救うまで、全力で死に挑み、持てる技術を振り絞っているのだ。
人生で一体何度、ここまで自分のために必死になってくれる人々に出会えるだろう。例え、仕事としての活動だとしても、彼らにはその仕事に対する信念があり、その下で救おうとしてくれている。そんな高潔で尊い信念に囲まれて死ぬ。悪くない最期ではないだろうか。
気持ちはとっくにそちらへ傾いている。そろそろ体がついてきた。動かなかった身体から、さらに力が抜けていく。意識をかき集めて口元の筋肉を動かし、精一杯の感謝を紡ぐ。
ありがとう。頑張ってくれてありがとう。声にならなくとも、微笑みさえ浮かべられれば。彼らは気付いてくれるだろうか。
力が抜け、首が傾く。視線も横に落ちる。視界に窓が飛び込んでくる。
その外を、白い建物が通り過ぎた。一瞬だが、鮮明に、その建物を理解した。
その時、ようやく気付いた。けたたましい音の発生源は、ベッドのすぐ横。死神が哄笑していた。
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