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地下から地上へと戻る階段に来ると、後ろから足音がしました。カツカツというヒールの音に大島でないことは分かっていました。振り返るといたのは桜ちゃんでした。
「あの、ごめんなさい!」
その一言で、私は分かりました。桜ちゃんは私が大島を好きでいることに気付いていたんだ、と。私は惚けて、なにが?、と返しました。
「だってリーダー、大島さんのこと……」
「大島は同期、戦友なの。それ以上のそれ以下でもないわ」
と、大人の返事をしました。
「本当にごめんなさい……」
桜ちゃんは腰を90度に曲げ、私に謝りました。陳謝、という言葉がぴたりと当てはまる態度……でも私はその度を超えた態度に緊張の糸がプツンと切れたのです。その瞬間に頭の中が熱くなりました。知っていたなら何故、大島と付き合うのか、私は心の中で桜ちゃんを責めました。でも私は平静を装い、返しました。
「だから私は大島とは別に」
すると桜ちゃんは更に、追い打ちをかける一言を言い放ちました。
「大島さんと結婚します」
「え?」
その台詞に、私はパニックになりました。しばらく前から付き合っていたのが分かりました。これから付き合うことになったから報告したのではなかったのです。
「私、遅れてて」
「何が?」
「来るものが来ないんです……女の、あれです……」
桜ちゃんはそう言い掛けて下を向き、黙ってしまいました。私より2段下のステップに立ち止まる彼女のつむじを見つめながら、私は震えていました。ああ、もう大島は桜ちゃんとエッチしたんだ、まだ、知り合って間もない女の子を口説いて抱いたんだ。しかも避妊も無しにやったのかと、私は打ちひしがれていました。私とは知り合って5年、体調を崩せば互いの部屋で看病をし、飲みつぶれた日には互いの部屋に泊めたこともありました。でも大島は指一本触れようとはしなかったのだから。
私はカウンターパンチを喰らって、心臓を素手でもぎ取られたような、激しい痛みを覚えました。
「出来ちゃった、ってこと?」
桜ちゃんの左巻きつむじは縦に動きました。
「本当に結婚するの?」
再びつむじは縦に。
「おめでとう。で、仕事はいつまで?」
私の声は酷く低かったように思いました。もう、繕う余裕などありませんでした。
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