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私の大島を横取りした女、そういう目でしか彼女を見れませんでした。
「続けます」
「え?」
「せっかく入社した会社だし、まだ家庭に入りたくないので……産休ってありますよね」
「そう。とりあえず身体は大切にして。じゃあ」
私は急な階段を駆け上がりました、桜ちゃんが追いかけてこないように、桜ちゃんから逃げるように。地上に出ると、外は凍てつくような北風がびゅうびゅうと吹いていました。来るときは全く気付きませんでした。
一言で片付けるなら、失恋。でも、あまりにも突然の出来事で、急転直下、というのはまさにこのことだと。 告白されると思って着飾ってきた私は本当に間抜けだと思いました。笑うに笑えず、泣くに泣けず、ただ呆然と道を歩いていました。向かい風は氷のように冷たく、私の頬を首を足を針のように刺しました。
*─*─*
マンションに着いて、ドアの前に立ち、鍵を取り出し、でも鍵穴に鍵を上手に入れることが出来ませんでした。指はかじかんで、鍵を摘まむのが精一杯。鍵を持つ右手を左手で支え、ようやく鍵はグサリと入りました。その拍子に右手をドアノブにぶつけて、手は痺れました。玄関に入った瞬間に私の膝は折れ、しゃがみ込み、うずくまりました。立ち上がる気力も泣く気力もありませんでした。じっと見つめる床に浮かぶのは大島のデレた顔と桜ちゃんの不安そうな顔でした。5年……5年も何をしていたのでしょう。こんなことなら早くにアプローチをしておけば良かった、告白してしまえば良かった。でも、もう、後の祭り。大島は桜ちゃんを選んで桜ちゃんと結婚するのです。私は何処か、自惚れていました。大島は私を選んでくれると、私と結婚してくれると、心の隅で期待していた。でも、大島は大島は……。
部屋の固定電話が電子音を鳴らし、私はスッと立ち上がって受話器に飛びつきました。ひょっとしたら大島かも……。でも相手は実家の母でした。大島なら私のスマホに掛けてくるはずですし、当然と言えば当然でした。年末は帰ってくるんでしょうね、お隣の瀬沼さんがひよこを楽しみにしてるから買ってきてよ、何時の新幹線?、とまくし立てるので、私は明後日の始発で帰省すると答えました。
仕事納めは明日。明日を終えれば年末年始の長期休暇。
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