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いったい何の話だろうかと楽人の胸は何の根拠も無い期待とそれが裏切られることへの不安にドクドクと走りだしていた。それが表情にも出ていたようで、宗助が大丈夫だよと笑う。
楽人が羞恥に視線を外してグラウンドを見れば、矢代がじっとこちらを見ていた。こんな遠く離れた教室内の生徒が誰であるかわかる訳も無いはずなのに、なぜか目が合って離せない感覚に囚われる。しばらくじっと見ていると矢代がオーバーアクションで一定方向を指差している。よそ見してないで黒板を見ろと言う事なのだろうか。試しに楽人が胸元で小さく手を振ってみれば、矢代も同じように手を振って教え子達のところへ帰っていった。
(すごい…ホントに見えてたんだ)
教室内がざわつきだして、各テーブルでの実験が始まる。楽人は慌てて黒板の内容をノートに写し始めたが、半分も書き終わらないうちに端から消されていってしまう。
焦って字が汚くなるのも構わず必死でシャープペンシルを動かしていると、一冊のノートが目の前に差し出された。
帰りに返してくれれば良いから。と優しく微笑む幼馴染の笑顔。
楽人はくすぐったくなるような嬉しさを噛み締め、大きく頷いてノートを受け取った。
※ ※ ※
――安心しきった笑顔だった。
疑うことも本心を隠すこともしない。あの頃のままの…。
理科室から各教室へと帰る中、宗助は数分前の楽人の姿を思い出していた。
生まれたときから一緒で、まるで双子のように育ってきた愛しい半身。度を過ぎて遊べば楽人が熱を出し会えない日が続く。幼心にそう理解した宗助は、小等部に入る頃には楽人以上に楽人のことを知っていた。
その日の体調と体力、時間割りに給食。
アレルギーと小児喘息も持っていたため、毎日楽人だけは持参の弁当を食べていた。
ところがある日、玉子を食べてはいけないのに、楽人が給食のプリンを我慢できず食べてしまい、大変な騒ぎになったことがあった。
それ以来宗助は自分と楽人の担任に許可を取り、楽人の好物が給食に出る日は宗助も弁当を持参し教室以外で食べるようにした。裏庭や、屋上や、時には用務員のおじさんと用務員室のストーブに当たりながら3人で。
宗助は楽人が誰よりも大事だった。
誰よりも美しく儚くて脆い。雪の結晶のように触ったら消えてしまうのではないかと思えるほど、可弱くて繊細な楽人が好きだった。
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