第1章

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――父、だった。あの白い肌を撫で、獣のように腰を打ち付けていた男。自分と良く似た男。 宗助は自室のベッドに蹲り、フラッシュバックされる光景に確かな嫌悪感を抱きながらも、腰の奥に溜まる熱い欲望を感じ取っていた。 楽人の母親と夫との不倫は宗助の母には許せない事実だった。 しばらくの間は揉めたものの、結局は離婚が決まり、母は家を出て行った。 …宗助を置いて。 ―――自分を裏切った夫に良く似た息子と、暮らす気にはなれなかったのだろう。宗助はそう思った。 そして宗助もまた、父親の浮気相手に良く似た楽人と今まで通り付き合うことは出来なくなっていた。 変声期に入って声が出しにくくなったのを機に、やんわりと楽人を拒んで行った。純粋な子供である楽人にそんな離れ方が出来るとは思っていなかったが、少しも宗助の気持ちを汲み取ろうとしない楽人の纏わりつき方に、とうとう痺れを切らした。 もう、顔も見たくないと冷たく告げれば、やっとその小さな手を離し、傷つき震える瞳で彼は何事かを理解したようだった。 父親との二人暮らしと言っても、離婚以来、宗助が父親と顔を合わせることはほとんど無かった。 毎月の生活費をテーブルに置いておけば親の務めは果たしたと思っているのだろう。朝帰りばかりしていたと思えば、数ヶ月帰ってこないときもある。まだ若く見栄えも良い父親は、離婚したことで遊びの幅を広げ、子持ちの鬱陶しさを忘れようとしているのか、――それとも隣家の美しい人妻を忘れようとしているのか。 確かに楽人の母親は美しかった。若い頃はファッション雑誌の表紙を飾るようなモデルだったらしく、鍛えられたバランスの良いプロポーションは絹のようにしっとりとした白い肌に覆われ甘い香りを放ち、ぱっと人目を引く整った顔立ちは大きな目と長い睫毛が印象的で幾つになっても幼く見えた。色素の薄い栗色の長い髪と、透けて見えそうなライトブラウンの瞳。優しく柔らかな声がいつも周囲を明るくさせていた。 病気がちで、ろくに外で遊べなかった幼年期の楽人が暗い性格にならなかったのも、この母親がいつも傍にいたからなのだろう。 だが対照的に楽人の父親は地味な人物だった。大人しくて人前で自分を主張するようなことはせず、ただ自分のテリトリーだけはしっかり守る。そんな人だった。
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