第1章

15/100
前へ
/100ページ
次へ
178センチの身長は日本人男性として決して小柄ではない。筋肉がつきにくい体質で線の細い雨宮ではあったが、自分を華奢だなんて思ったことは無かった。だがしかし、こうして矢代に抱かれていると自分が子供にでもなってしまったような錯覚さえ覚えてしまう。 「納得するしないはそちらの勝手ですが…こういった行為は困ります……離して…ください」 「嫌や」 「矢代せ」 「こうされんのが嫌なら、どついたらええやん。なんぼ俺がデカくても振りほどけないほどしがみついてるワケや無い。んな大人しく抱かれてて…そんなコト言われても…納得できるわけないやん…」 「………」 その通りだと…思う。恋人にはなれないと言いながら、決定的に拒むこともない。雨宮のそんな態度が矢代を追い詰めていた。 「離して…ください」 背中に回された腕がゆっくりと緩む。なぜか無性にしがみつきたくなる衝動を抑え、雨宮は甘い束縛から身を切り離した。 体温が下がったように触れ合っていた部分が冷めていく。一人で立っているのが不安になり、思わずさっきまでいた場所を求めて伸ばしそうになる手を、いけないとグッと握り締めた。 「お引取り…ください」 「潤」 「帰って…ください」 小さく息を吐いた矢代が踵を返す、入ってきた窓の前まで行って、何か思い出したように振り向き、雨宮の元へと足早に戻ってきた。 「何…っ」 突然机の上に押し倒され矢代が伸し掛かってくる。 驚きに目を見開いていると、目の前に白くて丸いものが現れた。 「ボール。これ取りに来たの忘れて帰るとこやった」 ニコっと人好きのする笑みを浮かべて、机に寝そべる雨宮を引き起こす。机の上にあるペン立てが倒れているところを見ると、あのあたりにボールがあったのだろう。 (わざわざ人を驚かせるような取り方して、…まったく) ため息混じりに向き直る途中、頬に暖かいものが触れた。ちゅっと軽い音をたてて離れていったそれが矢代の唇であることに気づいたときには、彼はもう窓の外にいた。 「またな。潤」 「なっ…もうっ来ないで下さい!」 悪戯成功とでも言うかのように満面の笑みで手を振る男に、雨宮は耳まで赤くなりながら怒鳴り返した。   ※  ※  ※ (目が良いのも考えもんだ) グラウンドの端を歩きながら矢代は腹の中でひとりごちる。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

252人が本棚に入れています
本棚に追加