第1章

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理科室で授業を受ける楽人と宗助の顔も、2人を受け持つ雨宮の教壇に立った凛々しい表情も、矢代には見えていた。 昔から目が良くて、検査をすれば必ず2・0だった。ためしに5歩下がって見ても、一番下の記号どころかその下にある検査の注意事項まで何の問題も無く見えた。 大学時代の親友に 「オマエ、いつも槍持ってるし、間違いなくマサイの戦士だな」 と揶揄されたが、この御時世、東京で野生のキリンやシマウマを狩るワケもなく、詳細が見えて嬉しいものなど――数少ない。 気になる彼の顔が見えれば話がしたくなる。 声を聞けば触れてみたくなる。 『帰って…ください』 「潤…」 久しぶりの…恋だった。 初恋から同姓に惹かれていた自分は、真性の同性愛者なのだろう。女性は可愛らしいとは思えても、欲求を感じることはない。 中学のときに始めた槍投げ、高校に入ってから関西の大会で優勝を総なめにしていた矢代が唯一適わなかった男を思い出す。 天性の才能と人並外れた集中力で、槍投げの高校生新記録を更新し続けた男。 ―――渡辺貴弘。 (ナベやんに片思いしてる期間が長すぎたわ…) 渡辺を追いかけて関東の大学に入り、矢代は親友の座をゲットした。節操無く派手に女性と付き合う彼を見ているのは辛かったが、なかなか他人に打ち解けない彼が、自分にだけは特別に心を許してくれた事がこの上なく嬉しかった。 しかし、だからといってまるっきりノーマルな渡辺に自分の気持ちを打ち明けることは出来無かった。 ――拒絶と軽蔑を恐れて。 それなのに、卒業後数年たって再会した彼はまるっきり人が変わっていた。美人の恋人に身も心も奪われたと言って。 後日対面した、その凛とした雰囲気の美人が男性であったことに驚愕したが、渡辺が初めて見せる幸せそうな笑顔に、矢代は自分の思いも浄化されたような気がした。 ――だから、あえて告白した。 そうすることで自分の失恋を確かなものにしたかったから。 今でも彼らと会うときは少々胸が痛む。それでも、それはそれでしょうがない。矢代はそう思った。 『今日から赴任してきました、雨宮潤です。よろしくお願いします』 最初に雨宮を見たとき、なんとなく渡辺に似てると思った。身長こそ同じだが、顔も体つきも声も性格も何もかも違うのに一体何が似てると思ったのか、今になって見ればちっとも似ていない。
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