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宗助はいかにも言い辛そうに視線を泳がせ、手が世話しなくズボンの布地を触っている。しばらく楽人が見つめていると、覚悟を決めたようにまっすぐ楽人の瞳を見つめてきた。
真っ黒い双眸に見つめられて自然と楽人も背筋が伸びる。
「俺と、付き合って欲しい」
「…え?」
「小等部にいた頃みたいに、楽人の傍にいたいんだ。もう、昔みたいに俺が何でもかんでも世話してやらなくても、大丈夫なのはわかってる。でも、仲良くするくらい…構わないだろう?」
「宗ちゃん」
「あーもう。なんでそう呼ぶかな。楽人は」
不意に呼ばれた懐かしい響きがあまりにも自然で、楽人は嬉しくなった。それがクラスマッチのリレー選手に選ばれたときより嬉しくて、なんとなく矢代に申し訳ないような気がしたが、最大の弱点を克服した今、楽人に怖いものなど何も無い。
「楽人って呼んでよ、宗ちゃん。また昔みたいにいろんなこと話そう?」
「……ああ」
楽人は胸の奥がくすぐったくなるような嬉しさを隠せず、満面の笑みを浮かべて宗助を見ていた。
頷いた宗助の瞳に暗い影が差したが、さらりと零れ落ちた長めの前髪に遮られ、薄く笑った口元しか見えなかった楽人には、気付けるはずも無かった。
「そうだな」
ゆっくりと顔を上げた宗助の瞳は、穏やかな笑みの形に模られていた――。
※ ※ ※
引き裂いてやりたかった――。
穢れをしらないあの美しい顔を。心を。ズタズタに引き裂いて体の奥まで汚してやったら、どんなに良い気分だろう。
『宗ちゃん』
疑いの無い眼差し。無垢な瞳。あのガラス玉のように澄んだライトブラウンの瞳が大好きだった、――昔は。
でも今は、限りなく深い嗜虐心に苛まれる。
天使を陵辱して白い翼をこの手で手折りたい欲望に満ちた、
――醜い自分。
『先生…矢代先生………俺、楽人のことが……好きなんだ』
『小鳥遊も早乙女のことが好っきゃろう?』
『違う! 俺の好きは…楽人の好きと違う。俺は…俺の好きは…』
『早乙女。男が惚れた相手をどうこうしたい思うんは当たり前のコトや。そう自分を責めるな』
『でもっ…こんなんじゃ…俺、いつかアイツのこと傷つける』
『ま、そうお前が思ってるうちは大丈夫や。焦らんと、距離保っとき。どうせお前ら大学まで持ち上がりや、時間なら何ぼでもあるやろ』
(あの頃は…好きなんだと思ってた)
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